古川智子 (Ms. Tomoko Furukawa)

シドニー大学(Master of Education, Information Technology in Education)卒業
シドニー大学付属語学学校修了
ニューサウスウェールズ大学付属語学学校修了

 

以下は212()に開催した「オーストラリア留学セミナー」での古川さんのスピーチです。

皆さん、こんにちは。私は、200211月~20058月までの約3年間、シドニーに留学していました。最初の20週間は語学学校に通い、その後、Graduate Certificateを経てMaster courseを修了し、日本へ帰国しました。現在は、青山学院大学の総合研究所で、客員研究員として教育工学の研究をしています。今日は、私の体験談を皆さんにお話できることを楽しみにしてきました。私が留学で経験したいろいろなことをお伝えし、これから留学を予定されている皆様のお役に立てることができれば幸いです。

私が初めてオーストラリアに足を運んだのは、大学2年生の頃でした。その頃、海外や英語にまったく興味がなかった私でしたが、この時の渡豪で、オーストラリアのとりこになり、私の人生を180度変えることになりました。その後、何度かオーストラリアに足を運び、オーストラリアの大学院で勉強をすることを決め、会社で働きながら、お金を貯めたり資料を集めたりして、ついに4年前の200211月に、念願のオーストラリアへ戻ってくることができました。

まずは、語学学校についてお話します。語学学校は、NSW大学付属語学学校(5週間)とシドニー大学付属語学学校(15週間)の計20週間通いました。どちらの学校も、クラスで、日本人は私一人でした。語学学校で、日本人一人になる確立はかなり少ないので、私にとっては、とてもラッキーでした。語学学校時代のクラスメートは、大学院入学という同じ目的を持っていることから、仲間意識が強く絆がとても深くなりました。また、語学学校時代は、先生が、机の上の勉強だけではなく、クラスメートと遊ぶことも英語学習の一つであると推進していたので、みんなでBBQをしたり遠足にいったりと楽しむことができました。ちょうど、シドニー大学付属語学学校の時に、私の誕生日があり、クラスメートが誕生パーティを開いてくれて、プレゼントと寄せ書きをもらった時には、感激しました。

次に大学院についてお話します。

シドニー大学の大学院では、Master of Education, Information Technology in Educationを専攻していました。最近流行のeラーニングについての勉強で、分野は、教育工学になります。日本人留学生にメジャーなコースではない為、クラスの日本人は、私一人でした。クラスメートの半分がオーストラリア人で、残り半分が、アジア系を含む英語圏からの留学生でした。そのため、英語にはとても苦労した記憶があります。最初の頃は、授業で、先生がいっていることが、半分もわかりませんでした。何回か、授業を受けていると、だんだんとスピードになれてきますが、それでも、日本語のように一言一句理解できるわけではありません。また、プレゼンテーションがとてもたいへんでした。前もって準備ができているときはいいのですが、突発的に、今から○○について、前でプレゼンをしてください。と当てられるときがあるので、授業中は、緊張の連続でした。

授業スタイルですが、私のコースは他のコースとは異なり、対面授業の頻度はかなり少なめでした。科目によっては、月に一、二回の対面授業で、残りは、先生とメールや掲示板で話をしながら、リサーチや、課題に取り組む形でした。それ以外に、週に一回、自宅でコンピューターを使用し、テレビ会議でクラスメートや先生と討論をする機会がありました。

セメスター期間の生活は、朝から、晩までアサイメントにおわれ、一つのアサイメントが終われば、また次のアサイメントが待っているという感じでした。朝から晩まで、週末も文献を読んだり、論文を書いたりの毎日でした。友達とのお出かけも我慢、我慢の毎日でした。 その結果、卒業式では、達成感がいっぱいでした。やればできる!という自信にもつながりました。

忙しい毎日でしたが、大学のクラブには入っていました。大学では、運動部から文化部まで、多くのクラブがあります。私は、ワインソサエティに入っていました。クラブの部員は、100名ほどで、その多くがオーストラリア人学部生でした。定期的にフランス料理レストランやタイレストランetcにいって、オーストラリアのワインをみんなでたしなみました。

次に、アルバイトについてお話します。

オーストラリアでは、アルバイトを、いろいろとしました。アルバイトは、主に夏休みを利用してやりましたが、大学院期間中も継続してやっていたものもあります。仕事は、大学の先生に頼まれ、大学の先生の子供さんのベビーシッターをしたり、日本からのシドニー大学短期留学や修学旅行生のお世話をしたりしました。また、機械翻訳向け辞書作成のプロジェクトのお仕事やオペラハウスのマーケットリサーチのお仕事もしました。

次に、住居についてお話します。

シドニーに来て、最初の住居は、BBQで有名なCoogeeという人気のビーチから徒歩3分くらいのところで、オーストラリア人女性とイギリス人男性とシェアをして暮らしていました。ここは、語学学校が、紹介してくれた家でした。その後、Randwick, City と友達の紹介やインターネットで見つけた家に住んだ後、ノースエリアのst leonardsのマンションを自分で賃貸しました。

最後に、ホリディー期間中の暮らしについてお話します。

セメスター期間は、勉強の日々でしたが、休みになると一転です。パブにのみにいったり、ナイトクラブにいったり、たくさん旅行もしました。アリススプリングズ、エアーズロックに行き、初めての野宿を体験したり東海岸を車で回ったりもしました。また、オーストラリア滞在の間に、韓国語の勉強やバリスタの資格をとったり、シティートゥサーフというシティーマラソンに参加したりもしました。

留学したことで、一日一日を大切に過ごせるようになりました。また、いろいろな世界をみることができ、いろいろな国の友達ができ、いろいろな国の食べ物を発見できたことにより、世界が広がり、知識が広がったことが何よりの収穫です。外国人として、外国で暮らすことは、とても大変でした。外国人という立場が、生活を難しくするのは、確かでした。けれど、やはり、オーストラリアで生活をして、日本では得ることができなかった友達や時間、そして生活は、かけがえのないものであると思います。これからの人生において、この3年間は、一生忘れられないものになるでしょう。これから、予定されている留学生のみなさんも留学生生活がかけがえのないものとなるようにがんばってください。

 

 

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