川口美砂 (Ms Misa Kawaguchi)

Clairvaux Mackillop College(高校)
グリフィス大学 学士課程修了(心理学科)
グリフィス大学 大学院グラジュエート・サーティフィケート課程修了(TESOL英語教授法)

未知の国への留学
まだ自分のしたいことがはっきりしない。でも何か自分の一生を通じてできることを見つけたい。そのために世界の人々に出会って意見を交換して、自分のやりたいことを見つけたい。このような気持ちから、1994年、17歳の時、オーストラリアの高校で1年間勉強することを決心しました。

その当時、私は生まれてからずっと同じ場所で育ち、同じ友人に囲まれた生活に不安と疑問を抱いていました。違った場所に行けば、もっと色々な体験ができるはずだと考えていました。そんなとき、通っていた日本の高校が1年間のオーストラリアへの交換留学生の募集をしていました。その当時、私の周りでは、留学といえば短期でアメリカへ行く人が多く、長期で、しかもオーストラリアへ行く人はまったくいませんでしたし、また、日本の大学や短大への進学希望をする友人が多かったので、未知の国で学位を取得するというアイデアに皆、心配し、驚いていたように思います。しかし、オーストラリアの教育課程は国際的に認められた高い水準にあり、実際に日本で就職する際にも支障はまったくありませんでした。また、オーストラリアの国は、多くの世界遺産でも知られていますが、独特な古代の自然が沢山残っており、それを学ぶエコツアーやアウトドアスポーツが盛んで、そのようなアクティビティーに参加することによって楽しい学生生活を送ることができました。

高校留学
高校は、クイーンズランド州のブリスベンにある共学の私立高校でした。自分と同じように英語が母国語でない生徒が少数の学校でしたので、ネイティブの生徒と同じ授業を受け、成績を残さなければならない厳しい環境でした。その結果、英語力はぐんぐん伸びました。しかし、その一方で始めのうちは、頻繁にホームシックにかかったり、英語だけの環境にストレスが溜まったりもしました。普通に生活していく上で、私はよく、自分がオーストラリア国内では少数民族であり、英語を解さないことを、孤独だと感じることが多くありました。いままでいた習慣とまったく違う習慣の中にいれば当然のことですが、食べものや、学校への通学、家族との団らんなど、慣れるまでには随分時間がかかりました。

高校では、なるべく色々なイベントに参加するようにしました。管楽器ができたので、スクールバンドに入りました。そのようなことから音楽が好きな友達ができました。また、日本語のクラスにも出席して、先生の手伝いをしながら、日本に興味がある友人を作ることもできました。ホームステイ先では同じ年代のホストシスターがいたので、映画をみたり、ショッピングにでかけたりしながら仲良くなりました。最初は言葉が分からなくても、一緒に行動し、同じ時間を共有することで自然と仲良くなれましたし、またそれによって英語を自然に身に付けることができました。

大学進学のための準備期間
高校留学から帰国した時点で、すでに一生を通じて学びたいことは決まっていました。心理学を勉強し、将来何か人のために役立てる仕事をしたいと思いました。しかし、せっかく覚えた英語を忘れてしまわないように、オーストラリアの大学に進むことにしました。1年間日本で働き、その後高校があった同じクイーンズランド州のロックハンプトンという小さな町にある大学付属の英語学校に入学しました。本当の田舎のオーストラリアでのんびりと英語を勉強したかった私は、ロックハンプトンで静かな環境の中、勉強ができることはもちろん、乗馬やスキューバーダイビングなどのアウトドアスポーツを楽しむこともできました。

高校生活とは違って、外国人留学生だけのクラスでしたので、最初の留学の目的であった英語を使って、国際的、文化的視点で色々なことを話す機会が沢山ありました。そこでは、英語をうまく使えないと気兼ねすることなく分からないことをきちんと聞けました。また、大学付属の英語学校だったので、入学する際に必要なIELTSテスト合格の為だけでなく、大学に入ってからきちんと授業についていけるようにと、大学の授業の見学、ノートのとりかたや論文の書き方、プレゼンテーションの仕方など、実践的な指導をうけました。それはオーストラリアの高校でも教えていないことだったので、大学に入ったときに大いに役に立ちました。

大学進学
IELTSテストで合格点をとった後、ブリスベンにあるグリフィス大学の心理学科に入学しました。大学では、心理学科を受ける留学生はほとんどいませんでしたが、それでも数人のアジア人の留学生と同じクラスでしたので、言語のハンデを乗り切るようにテスト前は協力して勉強しました。また、クラスの3分の1が年配の方で、人生経験豊富でしたのでいろいろな意見を学ぶ良い機会に恵まれました。

大学の授業は、レベルが高く、広い知識と、深い理解力を要求されました。毎学期、論文とテストが休みなく交互にやってきました。1年生の時には沢山いた同級生も、三年生になる頃には、半分以下に減っていました。私はとにかく必死に勉強をしました。先生に積極的に会いにき、学校の中だけでなく、地域のボランティアをなどに参加し、授業内容を体で覚えるようにしました。大学で単位を取り、卒業するためには、積極的に行動すること、素直に学んでいく姿勢をもつこと、そして自分の生活をある程度は犠牲にすることが必要でした。だからこそ卒業できたときは本当に心から嬉しかったです。

大学院進学
卒業式の後、日本に帰国する直前に、大学の夏休み集中講座でTESOLという大学院コースがあることを大学のホームページで知りました。このコースでは英語以外の言葉を母国語としている子供達に英語を教えたり、海外で英会話スクールなどに就職したりするときに必要な資格を習得できます。通常は半年から1年かけて修得するコースでしたが、グリフィス大学のゴールドコースト校では3ヶ月の短期で修得できました。私は言語学や英語学習に興味があり、短期で学習できることからこのコースを受講することを決めました。論文提出などの締め切りが短いことが大変でしたが、トピックは自分の経験してきたことが多かったため、理解に苦しむことなく勉強できました。また、言語学では、英語の成り立ちから発音記号まで、丁寧に教えていただきました。先生はベテランの方が多く、2ヶ国語以上の言語を話される方ばかりでした。

オーストラリア留学を振り返って
オーストラリアに留学したことは、実り多い人生を作り上げるきっかっけとなりました。生活していくことは楽しいことばかりではありませんでしたが、色々な人に助けられて生きていることや、逆境であってもめげずに、素直に物事を受け入れる気持ち、いつも多様な立場に立って物事を考える応用力を学ぶことができました。その結果、社会に出てからも英語を使うお仕事はもちろん、専門分野である福祉関係の仕事や接客の仕事まで、幅広くスキルを活かして生活ができるようになりました。

留学することに迷ってらっしゃる方も、留学に対して不安を感じる方もいるかもしれませんが、言語だけでなく色々なことを学ぶ良い機会だと思って是非飛び込んでいっていただけたらと思います。

 

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留学体験談

折原久美子(Ms Kumiko Orihara)
留学経験を活かし、受験勉強にいそしむ生徒達にも「英語の楽しさ」を伝えたい 高校非常勤英語講師 留学先: マッコーリー大学(Macquarie University) 専攻: TESOL 留学期間: 2003年7月~2005年11月
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